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その十一、国家の品格(藤原正彦)

国家の品格(藤原正彦) 今更ですが・・・国家の品格(藤原正彦)

日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき「国柄」を長らく忘れてきた。「論理」と「合理性」頼みの「改革」では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論。

自分の知識が増えれば認識が変わる。認識が変われば世界の見方が変わる。そんなふうに世界の見方を変えてくれる要素を持つとても良い本です。教育書として是非、子供に読ませるべき本だと思います。特に「卑怯を憎む心」の育成は絶対に必要ではないでしょうか。

とても良い事を言ってくれている本ですが、もちろんボクもこの本に書かれていること全てに賛同するわけではありません。学校教育など社会では役に立たないという現実もあるように、世の中には品格を気にしているような方法では到底解決できない複雑な問題が山積しています。

例えば、どの会社にもいるでしょうが、「何故コイツが役職についているんだ?」と思えるようなあり得ないような上司がいるとします。しかし、ボクば決して合理的な実力主義の名の下に、その人を蹴落として自分が上に立とうと思うことはありません。

まあ、思うくらいはあるかもしれませんが、決して実行に移すことは無いでしょう。役職についたら面倒だから、という理由もありますが、ボクもある程度は年功序列がまかり通っても良いと思っているからです。

仮に合理的な実力主義を徹底すれば、必ず人間関係で歪が生じるでしょう。もし自分が他人を蹴落として上に立ったとしても、自分よりも優秀な人間が現れた場合、同様の仕打ちを受けることを認めることになる。

ならば、負けないように自分も同様に一生懸命仕事に打ち込めば良いではないかとの批判もあるかもしれませんが、残念ながら、仕事だけに集中して生きれるほど人生というものは単純じゃあないのです。
(中には一つの事に集中できる恵まれた運の持ち主も稀にいることはいますが、大多数の人間は仕事以外にも多くの問題を抱えているというのが現状でしょう)

誰にも生活があり守るモノがあります。会社での技術の継承などは公平にやらなければならない等と言われても、自分よりも圧倒的に優秀な人間に技術を教えてしまえば、自分は用無しになってしまうのが目に見えているような場合、そこに品格の生ずる余地などないでしょう。

そうして技術の継承が意図的に阻まれ、人間関係は壊れていき、それが会社全体の地盤沈下につながっていく。そうならない為には、ボクも実力主義と年功序列の併用形態が日本社会には丁度良いのではないかと思います。

また他にも品格について言えば、世の中には「騙すよりは騙される方が良い」という人が居ます。この考えを支持するかどうかと言われれば、ボクの考えは「時と場合による」です。確かに基本的にはボクも「騙すよりは騙される方が良い」という考えです。

しかしながら、そういった考えとは正反対の「何が何でも他人を騙して奪うのが正しい」という人間が周囲に多く居るような時代であれば、そういった「騙される方が良い」という考えを持っている人間は思考停止しているも同然です。

品格を守っていこうとする日本人という種族に敵対する連中であれば、かつて諸外国が日本を蹂躙してきたように、必ずそれを逆手に取ってくる輩が居るでしょう。

そうした時、日本人は品格汚さないでいる為に何もせず立ち往生するしかなく、その間に日本は食い潰されていく。それが歴史だったのではないでしょうか。結果として追い詰められた日本人は一時的に品格を捨ててでも自己防衛に走るしかなかったのではないかと思います。

故に清く正しい品格を持つというだけでは、今の社会を生き抜くのに、単なる重荷にしかなりかねない。物事の本質を理解した上で、内面に清濁を併せ持ち、品格を持つのではなく品格を守り抜くことが重要なのではないかと思います。

著書の中では、筆者は財力にモノを言わせたメディア買収を品格が無いという批判もしていますが、では強力なメディアに物を言わせて暴走していた巨大な商業ジャーナリズム相手に、品格ある方法で一体どうやって立ち向かえというのか?

時間をかければ、品格ある方法でも通用するかもしれない。しかしながら、そうしている間にも人は商業ジャーナリズムに洗脳されていきますし、そのスピードは個人が品格を備えていくスピードの比ではないでしょう。手遅れになるのは目に見えています。

筆者は民主主義が成立する前提として「国民に成熟した判断ができる」ということが必要だと述べています。が、ボクは品格を守り抜く為にも同様に「国民に成熟した判断ができる」ということが必要なのだと自分は思います。

国家の品格は、取り戻さなければならないものだと自分も思います。しかしながらこの著者の言っている品格でさえ、もはや無条件に持ち続けられるものではない時代にあると思います。品格は持つものではない、守り抜かなければいけないものである。自分はそう思いますし、これこそが人が勉強しなければならない根源的な理由だと思っています。

また美と天才の関連性はとても面白いテーマでした。資源の無い日本にこそこの提言は重宝すべきでしょう。

窓の風景その10